大切なことは目に見えない。byキツネ『星の王子さま』
前回のブログ更新から、ずいぶん時間がたってしまいました(;^ω^)
ネタやテーマは頭の中に浮かんでは消え、
メモをしても「何か違う!」と捨ててしまったり…と、
ちっともまとまりません( ;∀;)
ブログにしようとしていることの内容をキレイにまとめてくれるAIとか
開発されないかしら?などとずぼらなことを考えています( ´∀` )
さてさて、新型コロナウィルスのワクチン接種も進み、
一日の感染者数が減ってきていますね。
感染収束の兆しを期待している自分です。
収束後は社会的状況も落ち着きを取り戻し、
以前のように旅行も外食も気兼ねなく行けるかなーなんて、
のんきなことを思っております。
昨今こんなに見えないモノ(ウィルス)に怯えながら生活したのは初めてで、
感染対策や自粛で緊張感はあるものどこか奇妙で…
奇妙…というのも変な表現かもしれません。
目に見えないモノへの脅威を毎日意識する日々の中、
少しの不便さはあるけれど何事もなく過ごせていることで、
目に見えないコトへの感謝の気持ちももボンヤリと現れ、
輪郭を形成し始めているような、我ながら不思議な感覚に浸っています。
「もしかしたら自分の知らないところで、
自分は何かに(誰かに)守られているのかもしれない」
それは社会のしくみだったり、個人の想いだったり、様々な形であるのですが、
「自分が普段何気なくやっていることが、それには気づかない誰かをほんのちょっとハッピーにしているかもしれない」
と考えると簡単にたどり着きます。
バスに乗っているとき、
体の不自由な人が乗り込んでくるのが見えたので、
通路にはみ出ていた荷物を寄せたり、席を開けておく。
トイレットペーパーを使い切ってしまったので、
新しいペーパーを用意して、ホルダーにセットしておく。
陰口に同調しない。
等々。
「あ、今日はラッキー」って思ってもらえるように。
誰かが、快適に過ごせるように。
味方になってくれる人がいないわけではないと安心できるように。
ただ目に映るものが、必ずしも真実とは言えないこと。
目に見えないものに守られているかもしれないということ。
「大切なものは目に見えない」ということ。
現代社会に生きる私は、どうやら目に見えるものばかりに心奪われて、
数値や物質の豊かさばかりを追い求めてきたのかもしれません。
その結果、目に見えない多くのものに支えられていることに気づきにくくなっていました。
う~ん、反省。
ものごとの本質、真実の姿、本当に大切なものを見る心の眼を鍛えたいものです!
目に見えないウィルスが気づかせてくれたこと。
怖いウィルスだけど、大切なことを知るきっかけをくれたこと。
不思議なような、どこか奇妙な、それでいてほんのり暖かい、ハロウィンの月を過ごしています。